テロワールの伝統を守るはずの地理的表示(GI)保護制度が、矛盾撞着 ? 日本の八丁味噌、フランスのカマンベールはどうなる?

農林水産省によって2015年に成立した地理的表示(GI)保護制度。
ところが、2017年12月に『GI八丁味噌』が発表されるや否や、
当事者と地元の愛知県を中心に激しい糾弾の声があがった。

岡崎城から八丁離れた八帖町で江戸時代から作られている、
伝統手法で作り続ける老舗二社の
正真正銘の八丁味噌が、世界的に偽物扱いされる?
そんなことがあって良いのだろうか?

そして、フランスでも、

2021年から施行のノルマンディー・ド・カマンベールのGI(AOP)の規格は
乳製品の巨大企業の利に叶う低温殺菌ミルク使用もOKになる・・・

などの、スキャンダルが勃発。

世界的にGI保護制度の将来がきな臭くなってきた。

        ++++++サマリー++++++

1-知的財産権の一つ、地理的表示(GI)
2_国際的にも保護の対象になるGI
3_欧州のGI
4_フランスの場合、こんな品に、この認定が・・・
5-日本のGI制度に味噌をつけた八丁味噌スキャンダル発生の経緯
6_推測されるスキャンダルの源、その行方は・・・
7_GIを巡った争いはテロワールにこだわるフランスでも!
8_伝統に逆らったGI制度で被害を被るのは消費者!!

1-知的財産権の一つ、地理的表示(GI)

市場に出回る商品の中で、『他社のものとは違う、自社のもの』を消費者に選んでもらうには、その違いや特徴を消費者に理解させる宣伝広告活動や、店の陳列棚ではっきり『コレが、自社のものだ』と伝わるヴィジュアルアイデンティティーを持つ必要がでてくる。会社は自社製品に対して、知的財産創造物としての権利と営業上必要な表示に関する権利のコンプレックスな知的財産権を持っている。

日本の場合、知的創造物としての権利は、特許法、実用新案法、意匠法、著作権法、製造法などで保護、規制がされており、営業上の表示については、商標法、商法、不正競争防止法などで消費者からの信用を維持する役割を担う。この分野に、農林水産物の地理的表示を知的財産として認める『特定農林水位産物等の名称の保護に関する法律(略称=地理的表示法)』が2014年に制定された。

この法律に基づき、農林水産省管轄で『特定農林水産物などをその名称、特性、生産の方法、その特性がその生産地に主として帰せられる理由などと合わせて登録し、その名称を保護する』、地理的表示(GI)保護制度が発足した。これは、生産された土地との深い結びつきを有する産品のみにGI表示を付け、認定された生産業者の利益保護をすることを第一の目的とし、消費者にGI表示がある産品を選択する機会を与え、良品を購入することが可能になる利益保護を狙うことを第二の目的としている。逆に登録されていない生産者が産品名を使ったり、GIマークを勝手に付加して市場に出すことは法律に違反することになる。

 

2_国際的にも保護の対象になるGI

国連の世界知的所有権機関WIPOも、GIを知的財産としており、2007年に調印(2009年から発効)された『原産地名称の保護及び国際登録に関する協定(略称=リスボン協定)』では、原産地名称の国際登録制度を定めるだけでなく、自国で保護する原産地名称とGIの保護にも適用されることになっている。日本はリスボン協定を締結していないが、世界貿易機関WTOを設立した1994年のマラケシュ協定の、『知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(通称=TRIPS協定)』では、日本を含めた164の加盟国それぞれにおいて、消費者に誤解を与えたり、表示による不正が行われないよう定めている。

GI制度を特に重んじる欧州連合(EU)でGI登録されている農産品は、約 1,300件もあり、対象産品の売り上げは年間 600億ユーロに上るという。日EU・EPA合意のような二カ国協定だけでなく自由貿易相手国に対しても、約200の農産品についてGI保護を求めるなど、双方の合意によってGI保護対象となる品を増大しつつある。この日EU・EPAにより、日本のGI制度で登録された 60品(2018年5月現在)とEU側の71産品について、相互間のGI保護が2017年12月から発効された、ということになる。

 

3_欧州のGI

国際貿易センターによると、GI制度を持つ国は100カ国以上あるというが、フランスを含む欧州でも、類似するいくつかの制度がある。フランスのAOC(アペラシオン・ドリジン・コントローレ=生産地呼称保証統制)制度は、フランスワインの呼称に使われる村や畑のある土地の名前を、その品質と特性に結びつけ、名称そのものを知的財産として保護するもので、1935年に制定された。これは国立原産地名称研究所が管理し、1990年からはワインだけでなく農産物にも適用されている。

貿易の行き来も活発な欧州各国で同じような産品、登録制度と表示があるため、これを統一するべく欧州では、AOP(アペラシオン・ドリジン・プロテジェ=原産地名保護、英語はPDO=Protected Designation of Origin)、IGP(アンディカシオン・ジオグラフォック・プロテジェ=地理的表示保護、英語はPGI=Protected Geographical Indication)制度、STG(スペシァリテ・トラディショネル・ギャランティ=伝統的特産品保証、英語はTSG=Traditional Specialities Garanteed)の三つが1992年に設定され、2009年から、全ての該当商品のラベル表示を義務付けられた。

AOP(アペラシオン・ドリジン・プロテジェ=原産地名称保護)では、土地独特の気候、あるいは人的方法で伝統的に生産され、その原料の生産地、生産行程も含め、その土地でのみ生産される産品のみが認証される。この認定への敷居はかなり高く、フランスのAOCに値する。それより、もう少し行程や原料の原産地などについて規制が緩和され、伝統を土台にした産品を認証するIGP(アンディカシオン・ジオグラフォック・プロテジェ=原産地呼称保護)。そして、土地の伝統に基づき、同じ特徴を保ちつつ30年以上生産され続けている産品を認定する、STG(スペシァリテ・トラディショネル・ギャランティ=伝統的特産品保証)というラベルもある。これは、原産地から離れた土地で生産されていても、伝統の特徴を引き継いだものであればよいようだ。

 

4_フランスの場合、こんな品に、この認定が・・・

 

先に述べたAOP(原産地名称保護)に登録されているのは、361のワインとリキュール、チーズなど50の乳製品、その他果実や植物オイルなどが456の製品で、市場規模は合計200億ユーロ(2016年)。AOPポワトゥ・シャラント・バターの一つ、エシレ・バターの場合、半径30キロメートル以内の酪農牛から搾りたての牛乳がラ・セーヴル乳業協同組合の工場へ運ばれ、クリームを乳酸発酵させてから、フランスで唯一、木製の攪拌器を使ってバターを作る。この伝統的な製造方法を守るがゆえ、他社とは比べものにならぬほど生産効率が悪いのだそうだが、1900年のパリ万博で優秀賞を得るなど、1世紀以上高い評価を維持している。現在では、特にパティシエに愛されるクリーミーなバターとして有名で、小さな木製のカップにはいったエシレ・バターは、日本でも大ヒットしている。

AOCシャンパーニュの場合、セパージュや詳細に渡る製法はもとより、319の村の中にある特定の地質の畑で育つブドウのみを原料とすることや、ブドウの木の間隔も決められている。この厳しい基準に外れると、シャンパーニュとして名乗れない、ということだ。

一方、IGP(原産地呼称保護)では少し内容が緩和される。乳酸発酵させたキャベツの千切りと豚肉やソーセージを煮込むご当地料理、アルザス地方のシュークルートの場合は、伝統的レシピ、調理する時に加えるワインをAOCアルザス・白ワインとAOCクレモン・ダルザス、アルザス産のビールを使うことが条件だが、登録されているレシピに従えば、アルザス地方シュークルートと呼べるのだ。

STG(伝統的特産品保証)の認証を受けたムール・ド・ブショーは、大西洋側沿岸から北部のイギリス海峡沿岸まで、広い範囲のフランスで養殖されるムール貝。13世紀にアイルランド人がフランスで始めたという、ブショーという木製の杭を使った養殖法で1年ほどかけて育つ。スペイン産と比べると小ぶりだが、プロテインとヴィタミンが豊富な夏の味だ。

 

5-日本のGI制度に味噌をつけた八丁味噌スキャンダル発生の経緯

農林水産省によって地理的表示(GI)保護制度に関する法律が2015年に成立し、2018年4月には北海道の夕狩りメロン、秋田県の大館とんぶり、兵庫県の神戸ビーフなど、土地の名前を冠にいただく、日本を代表すると言って良い美味しい農産品約60件が認定されている。

だが、『GI八丁味噌』が発表されるや否や、当事者と地元の愛知県を中心に激しい糾弾の声があがった。

GI制度に登録された八丁味噌の生産者が、老舗二社で構成される八丁味噌協同組合ではなく、愛知県味噌溜醤油工業協同組合になっていたからだ。

 

 《摺ってよし、摺らずなおよし、生でよし、煮れば極よし、焼いて又よし・・・》と言われるほど、まろやかな旨味が調理しても残る八丁味噌は、豆味噌の一種。味噌煮込みうどんや味噌カツ(トンカツの味噌ソースかけ)のような名古屋めしを支える発酵食品だ。八丁味噌協同組合の一社、株式会社まるや八丁味噌のサイトよると、『大豆に水分を含ませたものを蒸し煮をしてから、それを丸めて大豆麹を生やし、塩と水のみを加え、高さ2メートル、直径2メートルの大きな木製の樽に詰め、合計3トンにもおよぶ河原の石をピラミッド状に積み上げた重しを積む。その状態で、二夏二冬、つまり2年以上の歳月をかけ、天然醸造されてできる』のだそうで、江戸時代からの伝統的製法で、変わらぬ味の八丁味噌を作り続けている。

八丁味噌協同組合(以下、老舗組合)は、GI制度を設立する前に、農水省の訪問を受けた。この時、八丁味噌が、農林水産省の補助機関である《本場の本物ブランド推進機構》からすでに認定されている「本場の本物〜厳選原料、伝統の味〜」制度をベースに将来のGI制度ができるのだと説明を受けた。老舗二社は、伝統食品が市場で保護されることに賛成し、登録を申請することにした。

2015年6月1日、GI制度に申請受付開始と同時、つまり愛知県味噌溜醤油工業協同組合より早く、申請を提出した。その内容は『生産地は、岡崎市八帖町』、『味噌玉は握りこぶしほどの大きさ』『約6トンの容量がある木製の樽を使用』『重しは天然の川石を円錐状に約3トン積み上げる』『温度調整しない、2年以上の天然醸造』など伝統製造の詳細にわたるものだった。(1年8ヶ月後に公示されるまでに、4回補正されたが。)

2016年3月、農林水産省食料産業局知的財産課が訪問してきて『生産地は愛知県に拡大するよう』要請があった。まるや八丁味噌の浅井慎太郎社長は『明確な説明もなく、八丁味噌の文化を100年先200年先まで守り続ける確信が持てないため』拒否した。2017年1月には農水省の担当課長から電話が入り、再び生産地は愛知県に拡大する再検討を求められた。これも拒否したため2月に公示された八丁味噌の生産地は岡崎市八帖町のままだったが、3月1日、農水省を訪問した際にも『このままでは登録が困難なので、生産地を愛知県に拡大するよう』再考を要求された。

だが、浅井社長は『それでは、伝統が守り続けられない』と判断し、断固反対の意思表示をした。そして、農水省の地理的表示活用ガイドラインおよび特定農林水産物等審査要領の別添4農林水産物等審査基準p15に記載されている『産地に関わる利害関係者の合意掲載が必要』、つまり産地で争いのある物件は登録できないことを確認し、2017年6月14日にGI制度の申請を取り下げた。(が、農水省に日付を6月12日にするよう要請されたそうだ。)老舗組合の申請に対して、愛知県味噌溜醤油工業協同組合が意見書を提出しており、『対立のまま』だったからだ。

 実は、・・・この愛知県味噌溜醤油工業協同組合と、老舗組合にとって、このバトルは 〝デジャヴュ〟 だ。2006年、特許庁の管轄で、地域ブランドをより適切に保護することにより、事業者の信用維持を図り、産業競争力の強化と地域経済の活性化を支援することを目的と地域団体商標ができた。これに申請した際、二者間での争いがあったために、両者が取り下げとなった経緯があった。

 

ところが、老舗組合が申請を取り下げた直後の6月15日、愛知県味噌溜醤油工業協同組合が申請が公示されて驚いた。すぐに、老舗組合だけでなく、岡崎市役所、岡崎商工会議所は、『愛知県味噌溜醤油工業協同組合の申請は拒否されるべき』意見書を提出している。

2017年12月15日にGI八丁味噌が発表された。その内容は、『生産者は愛知県味噌溜醤油工業協同組合である愛知県にある会社。タンク(醸造桶)に仕込み、重し(形状は問わない)を乗せ、一夏以上最低3ヶ月(温度調整を行う場合は25℃以上で最低10か月間)熟成させる』・・・と定義された。

そして同日、農水省は日EU・EPAの概要も発表した。これは、7月11日から3ヶ月間の内容公示の後、学識経験者委員会との意見徴収、EU側と調整した協定が内容となるはずだったが、12月15日に発表された八丁味噌もこのリストに入っていた。

12月25日、老舗組合は農水省に呼ばれて『1・学識経験者委員会および農水省も、八丁味噌のオリジナルは岡崎市である認識をしている。2・八丁味噌の名称が他で使われないように守った。政策的判断も含んだ判断があった。3・登録された八丁味噌の基準はミニマム。3・老舗二社の製法も同一範内と判断できる。4・愛知県の組合が販売している八丁味噌は業務用で、農水省は拒否できない。実績はある。5・老舗二社を追加するので、申請を提出するように。』と言われたとのことだ。

(この件について、日時や詳細は、岡崎市の老舗、(株)まるや八丁味噌の浅井慎太郎社長へインタビューを元に執筆したことを明記しておくと共に、浅井社長に感謝の意を示します。)

 

6_推測されるスキャンダルの源、その行方は・・・

老舗二社の知名度は抜群で、半分以上の国内シェアを持つ。国内市場では、GIラベルが付いてなくても、消費者は老舗の八丁味噌を買い続け、老舗は生き延びられるだろう。が、輸出となると、国際的に問題がでてくるのではないか?

そこで、先述の《2_国際的にも保護の対象になるGI》で、登場した日EU・EPA協定およびTRIPS協定、つまり輸出した場合の日本のGIのあり方について、農林水産省食料産業局知的財産課企画班に明確な返答を求めたところ、以下のようにクリアになった。

1=日EU・EPA協定によって、GIリストに入っていない老舗の八丁味噌は、『八丁味噌』の名称を使えなくなる。

2=だが、日EU・EPA協定加盟国にその産品について輸出ができなくなるわけではない。

3=日本国内では、先使用の規定があるので、歴史ある名称がすぐに使えなくなるわけではない。

4=TRIPS協定では、GIを知的財産の一つと位置付けているだけで。原則それぞれ各国で保護することになっている。

よって、『八丁味噌』のGI保護はされておらず、EU以外のTRIPS加盟国で、名称の使用が禁止されることはない。

だが、老舗にとって、もう何十年も輸出している欧州で、八丁味噌として売れなくなるのは、大打撃だ。

先にあるように、農林水産省は、『追加申請をするから、どうぞ・・・』というスタンスを取っているらしいが、厳格な伝統的製造方法で作られた味と質を誇る老舗二社の味噌と、工場で伝統を無視した味噌を、同じGIカテゴリーに入れる・・・ということは、消費者に混乱を招くばかりか、土地の文化に根付いた品質を保証するはずの、GI制度そのものへの信頼問題に発展するのではないだろうか。

今年に入って、各メディアでこのスキャンダルが取りだたされる中、『老舗二社が外されたリストでは、おかしい』と口を揃える世論を盾に、八丁味噌協同組合は、行政不服審査法に基づく審査を農林水産省に3月14日に提出。その後、岡崎市議会が意見書を採決し、岡崎市長と岡崎市議会議長が、農水副大臣に手渡している。

 

そもそも日本には、地域食品ブランド表示というものが、2005年から、つまり地理的表示法より9年前から存在する。

この表示は、農林水産省の補助機関の食品産業センター(現在は、一般社団法人本場の本物ブランド推進機構が業務を委託されている)が審査、認定するもので、『その土地土地において伝統的に培われた「本場」の製法で、地域特有の食材などの厳選原料を用いて「本物」の味をつくり続ける。そんな製造者の【原料】と【製法】へのこだわりの証』を地域食品ブランド』と定義されており、認定されれば「本場の本物〜厳選原料、伝統の味〜」というロゴを付加することができるというもの。

現在、沖縄黒糖、伊勢本かぶせ茶など46の認定品があり、そのなかに、2008年認定の『三河産大豆の八丁味噌』もある。この表示基準(http://www.shokusan.or.jp/sys/upload/418pdf2.pdf)は、まさしく、八丁味噌協同組合がGI制度を申請した内容そのものではないか。これは、GI制度を作る際に老舗組合を訪問した農水省がベースにした表示基準でもある。もちろん、この時点で、老舗二社は《日EU・EPAとの兼ね合いがあるので、・・・》といった話は聞いていない、とのことだ。(浅井社長談)

もし、この時点で、担当者が《どうして、八丁味噌は愛知県を生産地にしなければならないのか、将来の国際的GI保護について》を説明していたら、八丁味噌スキャンダルはなかったかもしれないのではないか?

しかも、二つの類似制度、GI制度と『本場の本物』制度の混同をまねいた責任が、農水省にあるのではないだろうか。シンプルに、「本場の本物〜厳選原料、伝統の味〜」制度をGI制度にスライドできなかったのか、とも思う。

海外取引に関わる部分、外国との協定を管轄する外務省内、知的財産に関する委員会に、GI制度(の登録内容)に対する協議、リストの修正を要請することはできないのか?

また、特許庁は、地域団体商標の登録のスピードを上げてはどうだろうか?八丁味噌協同組合は『八丁味噌』、愛知県味噌溜醤油工業協同組合は『愛知八丁味噌』という商標登録でも、消費者には関係ない。ただ、これらの登録を待っている間に、どこかの国に『八丁味噌』、『愛知八丁味噌』商標が相次いで登録されてしまったら・・・八丁味噌の乱は、ますます大きな不調和音を奏でることになろう。

八丁味噌のケースは、老舗二社の組合と愛知県全域の工場生産組合が商標で争っている間に、知的財産権の保護に遅れをとっていることを農水省が周知だったため、八丁味噌のGI登録を『とにかく日本のものに・・・』急いだと想像する。近年、日本の農産品の名称を中国などの会社によって商標登録されてしまい、真の生産者団体が今まで使って来た商品名を使えなくなる例がでてきているという。「八丁」の場合、中国で商標登録が済んでおり、兵庫県にある中国法人が作る赤みその商標として「八丁味噌」を出願中という事情もある。日本政府は、日本のGI八丁味噌と相互認証を求めることになろうが、外国ですでに登録された商標の使用を禁止するのは、国際裁判で争いをしいられるなど、困難が予想される。

 

7_GIを巡った争いはテロワールにこだわるフランスでも!

フランスの、ハエのマークがついた有名なナイフ、ライヨールも窮地におかれているといえよう。

19世紀はじめからオーブラック地方のライヨール村とテイエール村で作られていたナイフだが、IGPに入っておらず、今では中国製を中心に、フランスでも(そして世界中で)ライヨールとして売られている始末だ。伝統的な工芸職人は『ライヨール』をブランド化、独占使用を目論み商標登録を試みるが、「ライヨールが一般名詞になったから」という理由で、ライヨールを商標として使えない判決が下された裁判が多々あった。世論ではもちろん、オーブラック地方のライヨール村とテイエール村で作られてない偽物ライヨールが横行している事は、社会問題視されている。この問題は、大きな会社が1993年に、いろんな日用品の商標に『ライヨール』を登録していたことにも起因するらしく、これも問題視された。2014年の法廷では、テイエール村以外で作られるナイフもライヨールと認める判決が下ったが、後の祭り感は拭えない。

さらに今年になって、テロワールを愛するフランス人に波紋が広がっているのが、2月に国立原産地名称研究所によって発表された、カマンベールチーズのAOCについての同意書だ。

カマンベールチーズは、18世紀にノルマンディー地方のカマンベール村で発明されたクリーミーで白カビに覆われたチーズで、19世紀には国内外で大ヒットした。1935年にAOC制度ができたが、既に世界中で生産された 〝カマンベール〟が出回ってしまっていた。(1975年からは日本でも生産されはじめた。)遅ばせながら1983年にAOCに加わることになった際、《ノルマンディー地方の》が必要となり、《AOCカマンベール・ド・ノルマンディー》が誕生した。生産工程は『原料の半分以上は、ノルマンディー地方カルヴァドス県、マンシュ県、オルヌ県、一部のウール県で生産されるノルマン種牛の低温殺菌しない生乳を使い、製成容器に柄杓を使って手作業で・・・』となっており、生産量は年間5〜6千トンという。

しかし、市場にはその十倍の、低温殺菌された牛乳を使って大量生産されたカマンベールチーズが出回っているのが現状だ。それらにAOCは付かないが、多くに《ノルマンディー地方生産品Fabriqué en Normandie》記述がある。もちろんそれは、『ノルマンディー地方で作られるカマンベールなら、美味しいはず・・・』と消費者の購買意欲をそそるコピーとして書かれている。

それでも、AOCのヴァリューは大きく、大手メーカーは国立原産地名称研究所へ、自社製品のAOC登録を可能にするよう生産工程の変更について要求を出していた。この約十年の争いの終焉を告げるとされる、この同意書に書かれているのは、2021年以降、《ノルマンディー地方生産品Fabriqué en Normandie》記載はなくなり、AOCカマンベール・ド・ノルマンディーに統一される・・・という決定だ。同時にその基準である生産課程の規律について改定がなされ、30%(現在50%)以上のノルマン種牛の低温殺菌した牛乳を使ってもよい(現在は不可)、と変更されており、90パーセントのノルマンディー地方生産品・カマンベール(と55%のAOCカマンベール・ド・ノルマンディー)を生産する帝王企業、ラクタリスによるシェア独占が保証された形になった。

 

8_伝統に逆らったGI制度で被害を被るのは消費者!!

AOPチーズ委員会の会長シャサール氏はAFPの質問に対して「この決定は、ノルマンディー地方の牧場にノルマン種の牛が戻ってくることになるだろう。」と意見を述べたとされているが、それより、低温殺菌した牛乳を使うことによって、かなりの確率のAOPカマンベール・ド・ノルマンディーの味が落ちる、という危惧のほうが打撃ではないのか。ノルマンディー乳製品保護管理機構協会も、ノルマンディー地方とAOCカマンベール・ド・ノルマンディーとの関わりは非常に深く、ノルマンディー地方の牧草を食べて育ったノルマン種の牛の生乳が味を決め、柄杓を使い五段階繰り返される手作業が舌触りを決めるのだと語っている。

そんな、テロワール文化を重んじるフランスのビューロクラシーさえ、大企業をバックに持つ強力なロビイストに負けてしまったのか?

先日放映された、某TVの街灯インタビューでは、町の人々にカマンベールの食べ比べをさせ、どちらが生乳のカマンベールか答えさせていたが、結果は一目瞭然。100パーセントの人が生乳で作られたほうが美味しいと答えていた。

国立原産地名称研究所の発表によると、現在のAOCカマンベール・ド・ノルマンディーには、2021年以降、《véritable正真正銘》などの記述を追加することを検討している、ということだが・・・。《総本家》と《元祖》を名乗って競う、どこかの??まんじゅう戦争を彷彿するではないか・・・。

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まるや八丁味噌 八丁味噌の仕込蔵1-2

(c)まるや八丁味噌 八丁味噌の仕込蔵1-2

三河産大豆の八丁味噌 2011

(c)まるや八丁味噌 三河産大豆の八丁味噌 2011

まるや八丁味噌 社長

(c)まるや八丁味噌 浅井慎太郎社長

camembert DURAND

AOP Camembert de Normandie , Fabriqué à Camembert , chez DURAND カマンベール村でできた、AOPカマンベール・ド・ノルマンディー

vache

ノルマンディー地方の牛