世界屈指のプライベート・コンテンポラリーアートコレクション! ピノー財団が念願の美術館をパリにオープン ブルス・ド・コメルス ピノー・コレクション美術館

またひとつ、大富豪コレクターによるプライヴェート美術館がパリに誕生

パリのすぐ隣のブローニュの森にある、一度見たら忘れないフランク・ゲイリー建築…ルイ・ヴィトン財団美術館がオープンしたのは2014年。高級ファッションブランドのコングロマリット、LVMHが2006年に設立したLVMH財団によって運営されているコンテンポラリー・アートの美術館だ。LVMHの最高責任者で「フランス・ファッション界の帝王」と異名を持つ世界第3位の大富豪(フォーブス紙世界長者番付https://www.forbes.com/billionaires/)、ベルナール・アルノー氏は、芸術の創造をサポートするメセナ活動に大きな資金を費やしていることで有名なアート・ファンだ。

 そのアルノー氏のライバルといえば、1500億円と言われるアート・コレクションを所有すると言われるフランス人実業家、フランソワ・ピノー氏だ。ピノー氏は1960年代から活動する実業家で、イヴ・サン・ローラン、グッチ、アレクサンダー・マックイーン、ケンゾーといった有名ファッションブランドも含んだコングロマリット、ケリングの生みの親。そのピノー氏が財団を設立し、セーヌ川に浮かぶスガン島にプライヴェート美術館建設のプロジェクトを立ち上げたのは2000年だった。だが地元ブローニュ・ビヤンクール市と、ここに工場を持っていた自動車会社のルノーとの交渉が難航する間、ヴェニスの歴史建造物、パラッソ・グラッシを使った美術館建設プロジェクトが持ち上がり、トントン拍子で進んでいった。ピノー氏は、フランスに三行半を突きつけるスタンスで、スガン島の計画を中止することを決断。そしてピノー財団は、2006年のパラッソ・グラッシ、更に2009年のプンタ・デ・ラ・ドガーナ…と、二軒の美術館をヴェニスにオープンさせたのだ。

 2015年、パリでは商品取引所(ブルス・ド・コメルス)を使ったアメリカ資本のコンテンポラリー美術館プロジェクトがあったが、資金調達の段階でブロークダウンしてしまった。商業史の歴史遺産でもある商品取引所のオーナー、パリ商工会議所は、歴史建造物保存など国の規制や条件を満たす、新たなプロジェクトを探し出した。そこで、パリ市長も同意の上、スガン島を離れ二軒の美術館をヴェニスに建てたピノー氏に白羽の矢を立てた。

 こうしてスガン島では実現できなかった「パリの美術館建設」の無念を果たす機会を得たピノー財団は、ヴェニスの二軒と同様、リノヴェーションを安藤忠雄氏に任せ、建設を開始。度重なるパンデミックによる開館延期を経て、この2021年5月22日、やっと一般公開が始まった。

丸天井のある19世紀の歴史建造物をリノヴェート

 ここはルーブル美術館とポンピドゥーセンターの間、そして何本もの地下鉄が交差する大きなショッピング・センター、レ・アールと公園で繋がる、パリの一等地。16世紀には、カトリーヌ・ド・メディシスが建てたソワソン館があったところだ。その一部、ローマ皇帝トラヤヌスの記念塔(私たちにとっては、パリのヴァンドーム広場のナポレオン記念塔)を手本にして天体を観察するために作られたという「メディシスの柱」を残す格好で、建築家のカミュ・ド・メジエールが、当時でも珍しかった丸い建物を加え、小麦市場(ラ・アール・オ・ブレ)にしたのが18世紀。ここを中心に、エミール・ゾラの「パリの胃袋」で有名な巨大な市場界隈、レ・アール(パリ中央市場)ができていった。

 その後、穀物以外の商品も取引が行われるようになり、商品取引所(ブルス・デ・マルシャンディーズ)と名前が変わったのは1873年。この時、アンリ・ブロンデルは建物の天井に鉄筋とガラスのクーポール(丸天井)を加えて自然光が建物全体に行き渡るように改築。しかも、それを支えるアーチ部分に、世界五大陸の交易を描いた壁画で覆った。このモダンな建築物は、1889年の万国博覧会にあわせて建築されたエッフェル塔と同様、フランスが誇る美しい金属建築技術として、大いに宣伝されたのことだ。

     建築は、過去と現在、そして未来をつなぐ

     ハイフンのようなもの… (※1)安藤忠雄

 産業遺産としても価値のあるこの建物を、ピノー・コレクション美術館に改装したのは安藤忠雄氏率いるTAAA –Tadao Ando Architect & Associates (および l’agence NeM / Niney et Marca Architectes, l’agence Pierre-Antoine Gatier et Setec Bâtiment )だ。歴史を尊重し、展示されるコンテンポラリー・アートとの同調が求められたため、安藤氏はクーポールの下に天井のない円筒形の壁を建てて、壁の外側につけられた階段で螺旋状にゆっくりと登れるようにして、各階の展示室にアクセスする桟橋を設置した。安藤風コンクリートの部分は無機質なモノトーン。床のタイルや19世紀から残る木枠の飾り棚や、すりガラスの電灯、そしてクーポールを支える丸い壁画との、寒暖のコントラストを出し、お互いの美しさを引き出す相乗効果を生んでいる。

 

ピノー・コレクションの展示と眺めの良いレストラン

 

    パリの中心にあるこの新しい美術館では、

    私の生きるこの時代の芸術というものに対する

    個人的な情熱を、皆さんと分かちあいたいのです…(※2)

                フランソワ・ピノー

  ピノー氏は結婚して以来、つまり奥様に影響されて芸術品を収集するようになったと言われている。70年代時初めにポン=タヴェン派に惹かれ、ポール・ゴーギャンに影響されたポール・セリュジエ の「ブレターニュの農園」を購入。この絵を溺愛するピノー氏はこの後、ナビ派、キュービズム、20世紀のアバンギャルド、抽象画、ミニマリズムへ…と、コレクションの幅を広げていった。今では1960年以降のアーティスト350人以上、約5000点のコレクションとなり、ヴィデオ、立体、写真、アンスタレーションやパフォーマンスなど、新しい形のアート作品も増えつつある。

 杮落としは « Ouvertureウヴェルチュール »展。「ウヴェルチュール」とは、フランス語で、「開かれた所、開館、解放…」など複数の意味を持っており「新しく開かれた美術館」、「ロックダウンの後で、やっと開館した美術館」、「自分のスピリットや芸術に対する概念を解放する美術館」「目の前の芸術を受け入れる気持ちになれる美術館」…など複数のメッセージを同時発信するコンセプトだ。

 中に入って、まず地上階、高さ35メートルのクーポールから自然光が差し込む、直系29メートルのロトンドの美しさに息を飲む。その中央にはイタリアのジャンボローニャの「サビニの女たちの略奪」実物大、蝋製のレプリカが展示されている。これはウルス・フィッシャーによる作品(無題・2011年)で、周りに置かれた椅子も全て蝋でできている。展示会期中、彫刻には火が灯され、刻々と溶けて形態が変化しやがて消滅していく…という4D作品となっている(※3)。「うたかたの夢…それこそがアートだ」と言いたげだ。

  ロトンドの周りには、19世紀から存在する木製のドアが並び、所々に大きなガラスのショーケースのような飾り棚があり、その中にはベルトラン・ラヴィエの立体作品が納められている。艶やかな木の温かみとアバンギャルドな作品とのギャップも楽しめるので、階段を上がる前に、このパッサージュと呼ばれる部分も鑑賞しよう。ロトンドの後ろで弧を描く第2展示室では、現在ニューヨークの作家、ディヴィッド・ハモンのアッセンブラージュ・アートなどが鑑賞できる。ロトンドを囲むコンクリートの壁沿いの階段を上がっていくと、第3展示室。ここでは他のピノー・コレクションでも未発表だった六人の作家によるコンテンポラリー・フォトを展示している。その上の階、第4展示室では、一見モノクロ写真に見える巨大な写実派油絵、ルドルフ・スタンゲルの作品に圧倒される。見るものに「絵画とは何か」を問いかけているようだ。

 続く展示室には、1950年以降に生まれた比較的若い作家の作品が並び、バラエティー豊か。人種問題をテーマにした作品、ピノー氏が長年に渡ってフォローする作家も多く見られるので、これから増えるコレクションも更に楽しみ。ところで、安藤忠雄氏のシグナチャー、コンクリートの壁はこの高さで行き止まりになる。ここから、頭上360度に広がる壁画を改めて眺め、19世紀の世界経済観に思いを馳せてみよう。

 総展示面積は6800m2(床面積は10500m2)。地上階の入り口とブックストアの間にも展示スペースがあり、地下にはヴィデオや音響作品を鑑賞するためのストゥディオ、コンサートや映像作品を鑑賞するためのオーディオトリウム(284人収容)なども併設し、子供も大人も楽しめる数々のイベントも催される。観賞用無料アプリケーションも用意されている。visite.boursedecommerce.fr

 最上階には、日本にも支店を持つミシュラン三ツ星シェフ、ミッシェル&セバスチャン・ブラス親子が仕切るレストラン・カフェ、 « ラ・アール・オー・グレンLa Halle aux grains »が入る(6月10日オープン)。フランス中南部にある美味しい牛肉で有名なオーブラック地域、ナイフの産地として有名なラギヨール村にあるレストランで、テロワールを尊重したコンテンポラリーなフランス料理を提供しているブラス・シェフ。ラ・アール・オー・グレンでは、サン・トシュタッシュレ・アール方面を眺める席とロトンド側の席を用意。眺めのよいテーブルで、穀物の取引所だった建物の歴史にこだわった創作料理を、年中無休で提供するとのことだ。ランチとディナーの時間帯なら、小粋なティータイムもとれる。また、美術館に入らず直接アクセスすることも可能となっている。www.halleauxgrains.bras.fr

(※1、2 仏語資料より筆者が仏訳)

(※3 ここでの概念は、立体作品を3D=ディメンションとして 、それに « 時 »を加えて4D)

パリの美術館、ブルス・ド・コメルス 

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ルドルフ・スタンゲルの展示室

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高さ35メートルのクーポールから自然光が差し込む印象深い19世紀築の建物を安藤忠雄氏らがレノヴェートした©Tomoko FREDERIX All rights reserved 2021

ロトンドの内側に加えられたコンクリート製の螺旋階段と19世紀の歴史建築物とのコントラストが、双方の美しさを引き立てる館内。©Tomoko FREDERIX All rights reserved 2021

1960年以降の作品約1万点を所有するピノー財団 ©Tomoko FREDERIX All rights reserved 2021